1冊目『菜の花の沖』
金曜日の夜、やっと仕事を終えて僕は飲みに行こうとしていた。
新しいお店をせっかくだから開拓しようと息巻いている。
いろいろなお店を見るのはとても楽しい僕はその中で気になるお店を見つけた。
あなたに合ったお酒と本を提供するお店です。
この看板を見て僕はこの店に入ることにした。
お店は薄暗い室内でジャズが流れている。
お店の中に入ると店員が出てきた。
「席空いてますか?」
「空いてますよ。ご案内します」
僕はお店の奥に案内される。
「こちらどうぞ」と店員がカウンターの席に案内してくれた。
目の前にあるメニューを見る。
特に変わった料理やお酒が用意してあるようではない。
ごく普通のバーだ。
とりあえずスパークリングワインとおつまみを頼んだ。
僕は何杯か飲んでほろ酔い気分だった。
「ここのお店の看板を見て入ったんですけど、あなたに合ったお酒と本を提供するお店ってどんなお店ですか?」
僕は気になっていたことをマスターに聞いてみた。
「言葉の通りですよ」
マスターはそう言ったきりだった。
このまま普通に飲んで終わりかと思った時、マスターは一冊の本を僕の目の前に置いた。
「『菜の花の沖』? 聞いたことないな」
僕はそう言って本を手にとった。
どうやら小説らしい。
タイトルの下に一と書いてあるから何冊か続く小説なのだろう。
「人生うまくいってないなって顔してるからこの本をオススメします」
「この小説はどんな内容なんですか?」
「司馬遼太郎っていう作家は知ってますか?」
「なんとなく。読んだことはないけど、たしか『竜馬がゆく』っていう小説が有名ですよね?」
「そう。一番有名な代表作は『竜馬がゆく』ですね」
話が見えてこない。
「なんでその一番有名な代表作じゃなくて『菜の花の沖』をオススメするんですか?」
「それはさっきも言ったように人生うまくいかないなって顔をしていたからです」
「そんな顔してましたか? じゃあこの小説には人生がうまくいくヒントがあるんですね」
僕はこの小説に興味を持ち始めていた。
「いえ。そのような内容ではないです」
「え! 違うんですか?」
なんだそれ。
僕は期待はずれでガッカリした。
「今、ガッカリしましたか? たしかにうまくいくためのヒントは書いてないですけど、自分が思ってもいない出会いや出来事に遭遇することで人生が変わるってことを教えてくれる小説ですよ」
「それに私自身この小説を読む前まではこの小説に偏見を持っていました」
「偏見? どういうことですか?」
「表紙を見ればわかるかもしれないですがこの小説の主人公、高田屋嘉兵衛は漁師です。今まで私が読んできた歴史小説は有名武将を題材にした小説ばかりで漁師が主人公の小説なんかぜったい面白くないと思っていました」
「なるほど、そうですよね。信長とか竜馬とか西郷とかだったら面白いと思うけど、高田屋嘉兵衛なんか聞いたことないですもん」
「でも高校の日本史の教科書にはちゃんと載ってるんですよ。高田屋嘉兵衛事件ていうことで」
「高田屋嘉兵衛事件? なんですかそれ?」
「それはこの小説のメインテーマですから是非手に取って読んでみてください」
僕はマスターの話を聞いてまたこの小説に興味を持った。
「本、借りてもいいですか?」
「いいですよ。実はオススメした本を借りれるようにしてます」
僕は本を借りて店を出た。