6冊目『たぶん、出会わなければよかった嘘つきな君に』
優は今日もブックスに来ている。
ブックスは変わったバーでマスターがおススメの本を紹介してくれるサービスがある。
ただ優がブックスに通う理由はそういう珍しいサービスがあるからではない。
アルバイト店員のさやが気になっているからだ。
さやは明るい性格の女の子で客の話にも屈託のない笑顔で受け答えしている。
正直、男性客の中にはマスターの珍妙なサービスよりさや目当てで通ってる客も多いと思う。
優はさやと話せるタイミングを伺っていた。
さやは今、50代ぐらいの男性客と楽しそうに話をしている。
『早く話終わらないかな』
内心、あの客のことをよく思っていない。
さっきからさやと話し込んでさやを独り占めしてるのだ。
「男も嫉妬しますよね」
目の前のマスターがまるで独り言を呟くようにそう言った。
見抜かれてるのか?
オレがさやちゃんのことを気になってることを。
マスターは微笑みながらオレの目の前に一冊の本を差し出した。
「『たぶん、出会わなければよかった嘘つきな君に』」
「意味深なタイトルですね」
手に取りながらそう言う。
「本当そうですよね。マスターこんな本も読むんですか?」
いつの間にかさやちゃんが隣に立っていた。
「さやさんが本に興味を持つなんて珍しいね」
「マスターひどい。私だってブックスで働いてるんだから本ぐらい読みますよ。マスターが紹介する本とか好きな本が難しすぎるだけです」
さやちゃんはかなりハッキリと言った。
マスターは少々しょげている。
いつも自信満々に本を進めてくるマスターだがさやちゃんには弱いようだ。
「それでどんな内容の小説何ですか?」
「そうだね。さえない男が二人の女性の間で揺れ動くっていう展開から話が始まるから、一見するとそのまま恋愛模様が展開されるのかなって思っちゃうんだけどちょっと違うんだよね」
「気になる〜。それでそれで」
さやちゃんは前のめりになって話を聞く。
「さっき言ってた男も嫉妬するっていうのが関係するんですか?」
さやちゃんとマスターだけで話が盛り上がるのは癪だから聞いてみた。
「この小説は女の嫉妬や執念深さの怖さが味わえますね」
「それはちょっと怖いな〜」
オレは少し怯む。
「参考になるかもしれないですよ」
そう言ってマスターはオレの顔を見た後、さやちゃんの方を向いた。
さやちゃんはさっきまで本に興味津々だったが、また例の50代ぐらいの男に呼ばれて注文を聞いていた。